神明造
神明造は、白木の建物に干してある稲わらの形を模した屋根を被せた物で、これが神社の正式な様式だと思われる。
日本文化は、本来はスッキリした明るい文化だったと思われる。近代建築にも似合うものである。
あとになって神社も中国の文化を取り入れたことで、やや暗い様相の建築に変わってきた。
古事記なども中国の属国であったという気配を消すために書かれたもので、大方嘘で、紀元前660年などと言えばまだ
縄文時代で、鯨面(顔に入れ墨をいれること)の天皇も縄文人の文化である。
中国の属国であったという噂を消すために、過去の各地の豪族を取りまとめて天皇の系譜としてしまったものと思われる。
中国の文献とはいえ、半島の帯方郡とのつながりで詳細な記録が残っている邪馬台国こそ日本の祖と思われる。
邪馬台国が天皇の系譜に繋がるものか、独自の豪族であったかははっきりしないところである。

以下が、中国文化の影響で変遷した神社の形だ。
